配偶者や同棲相手の場合、「嫌いなもの」が同じ人同士の方が良いかもしれない(自分が好きなもの=相手が嫌いなもの、の場合はちょっと不穏)。

どうでもいいことを真面目に考える話。

真面目なことを真面目に考える話。

健康・生活の話。

 

嫌いなもの(こと)の話で盛り上がるのは、しょうもないと思っている。

 

共通点があって盛り上がるのなら、好きなものの話をした方が精神衛生上よい(気がする)。

好きなものが同じ人同士であれば仲良くなるのも早かろう。 

 

 

友人や同僚などならそれでいいが、配偶者や同居相手などの場合、「好きなものが同じ」よりも「嫌いなものが同じ」ほうが大事かもしれない(もちろん両方該当すれば更に良いが)。

 

例えば、「自分が好きなもの=相手が嫌いなもの」の場合は困ったことになる。

タバコを例にあげて考えると、

Aさんはタバコが好きで、Bさんはタバコが嫌いという状況だと、Bさんが一方的にダメージを受ける(分煙すれば平気とか、壁や服に臭いがつくから嫌とか、程度問題はこの際考えない)。

相手の幸せが自分の不幸になるのは悲しすぎる。

 

逆に「Aさんが嫌いで、Bさんが好きなもの」があればプラマイゼロかというと、そうはならない。

受けたダメージは無くならない。蓄積されてゆく。

 

こんな不幸を回避するために、お互いに折り合いを付けたり、さようならしたりするんだろうな。

あるいはその環境を甘んじて、あるいは望んで受けているのかも。知らんけど。

 

話を戻して。

AさんBさんがどちらもタバコが嫌いだった場合、そもそも存在し得ないので、余計なダメージを受けない。

「好きなものが同じで、お互いにプラスの感情が増す状況」はもちろん素敵だが、

「嫌いなものが同じで、マイナスの要素が存在しない状況」の方が長期的に見ると重要だな

という好みの話。

 

 

短期的に見ると話が変わってくる。

例えば、たまにしか会わない相手には良い面だけを見せられる。

「せっかく会ったのだから、笑顔で幸せで居たほうがお互いにとって得だな」と思うし、

なにかダメージを受けても「まあ一時的なものだし我慢しよう忘れよう」と思える。

一時的な火傷なら時間経過で治るが、慢性炎症は厄介だものな。

 

まあ、私は一人が好きなので、全ての人が「たまにしか会わない人」になるのだが。

4行前の発言をふまえて考えると、とても良いことに思えてくる。

年始に帰省する予定だが、「帰省したい」と思える人間関係であることがとてもありがたい。

ありがとうございます。

 

 

 

ただの日記・・・

 

スーパーにて。

高校生の男女数人がお菓子を買っていた。

クラス単位や友人同士でのイベントの買い出しっぽい。

いいぞ。このような平和なひとコマ大好きだ。

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