たとえ当たり前だと思っても態度に出さない(そもそも当たり前だと思うな)。

健康・生活の話。

ただの日記。

真面目なことを真面目に考える話。

 

「自分が運転している時、周りの人間を信用しない」という考え方がある。

要するに「~だろう運転をしない」という戒めのこと。

 

ネット上で見たものは

「運転している自分以外の歩行者やドライバーを気違いと思う(自分の中の常識が通用する相手だと思ってはいけない。逆走車とか、歩道を走る車とか存在するわけだし。)」

「周りの人は自分を殺そうとしているつもりでいる(俗に言うプリウスミサイルや逆走車などの存在があるため)」

がある。

なかなかのパワーワードだが、それ自体に(恐らく)悪意はなく、それくらい気を張っているくらいでちょうどいいということだろう。と思っている。

 

 

私は車を運転しないが、自転車によく乗る。

横断歩道で歩行者が止まってくれていると、ありがとうございますと思ってつい進んでしまう。

本来は、こちらが一時停止して、歩行者の横断を見送ってから進むのだが。

 

 

それを反省する機会に恵まれた。

横断歩道の歩行者にぶつかりそうになった。

信号は無かったとはいえ、歩行者が優先なのでこちらが悪い。

歩行者は悠々と歩いていた。

それは正しいのだが、「こちらは交通弱者なのだから、お前らは道を譲って当然だ」と言わんばかりの態度だった。

過去に、人混みで暴走していた車いすを見たのを思い出した。

 

その歩行者に憤りを感じたのではなく、自分が同じようなことをしていたなと反省した。

自分が歩行者の時、交差点では左右を見てから進むのだが、遠くから車が接近していても「速度を落として(止まって)くれるだろう」と当たり前のように考えていたのだ。

これは怖い。

性善説どうこうではなく、危機意識の無いアホである。

今回は、たまたまぶつからずに済んだからいいようなものの(ぶつかっていなくても何か言われたり、絡まれたりするかもしれないが)。

その点では運がよかった。

 

 

今回のメインテーマは「歩行者が止まってくれていても、先に行かせてからこちらが動け」ということではなく、

「たとえ当たり前だと思っても、それを態度に出すな」ということ。

 

うーむ、耳が痛い。

変わっているつもりで昔から変わっていない。

態度に出る。というより隠さない。

隠せるかどうか以前にその気がない。

嘘やポーカーフェイスは苦手や下手というより面倒くさい。

 

そもそも当たり前という考え自体が危険だな。感謝が無いのは。

何にでも言えることだが、いつか痛い目を見ることになるだろう。

先述した「自動車が一時停止して、歩行者に譲るのは当たり前」という考えでいたらいつか轢かれるように。

「人の振り見て我が振り直せ」とは、よく言ったものだ。

槇原敬之さんの「君は僕の宝物」を聞き直せ。

 

 

 

ただの日記・・・

 

水垢を落とす洗剤がすごい。感動するくらいきれいになった。ルックバスタブクレンジング。

それくらい汚れていたということか。

汚れを落とすのが気持ち良いから、わざと汚れを溜めている可能性もあるな。そんな馬鹿な。

 

一人カラオケにて。

「履歴を見てガイドボーカルのある曲を聴いて歌ってみる」というのをやっている。

1回行くごとに1曲だけだとしても、毎回違う歌が歌えるので楽しい。

今回は1970年代の歌謡曲だったが、ゆったりしていて歌いやすい。高音が出ない曲もあったけど。

カラオケで聴ける落語もあって、喉を休める時に便利。

楽器の練習をするために利用する人も結構いるらしい。ちょっと聴いてみたい。

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