健康・生活の話。
真面目なことを真面目に考える話。
ただの日記。
スーパーにて。
スチロールトレイや牛乳パックなどの回収ボックスが置いてあるのはとても助かる。
その中でも、ペットボトルは圧縮する機械が置いてある。
ラベルを剥がして洗ってキャップのない状態で投入口に入れると、コンベアで奥に送られて圧縮される。
先日、その機械の足元にラベルのないペットボトルが数本転がっていた。
「時間に追われていたり、1本ずつ入れるのが面倒くさかったのかな?」と思い、それを拾う私。
いざ投入口に入れようとしたら、入らない。
よく見ると2~3本のペットボトルが詰まっていた。
とりあえず全て取り出し、改めて1本ずつ入れる。
のだが、ペットボトルが汚れていて受け付けてくれない。
お茶のような薄い汚れでもしっかり反応するんだなあと感心しつつ、困る私。
とりあえず、他のペットボトルを入れてゆき可能な限り処理する。
そして1本だけ残った汚れていたペットボトルは、機械の足元に置いてしまった。
そこでふと、
「ここだけ切り取って第三者に見られたら、私は『ペットボトル圧縮機を適切に使えない、どころかポイ捨てする人』に見られるのではないか?」
と考えた。
でもまあいいや。
さらなる手間や時間をかけてまで正しく処理しよう(わざわざどこかで洗ってまで圧縮機に入れよう)とは思わない。
私はこれからスーパーで買い物をするのだし、そこまでは面倒を見ない。
ごみ集積所に、分別していないものや、回収日が違うものが捨ててあるのをたまに見るが、私は関わらない。
(主に、こんな輩が近所に居ることに対して)悲しいなとは思う。
「オバタリアン」というマンガでこんな話があった。
オバタリアンがゴミを漁っていて、持ち主であろう主婦から非難されるのだが「分別されているかを親切で見てやっている」と言い訳をする話(その実、ゴミから性生活を邪推するという下衆な行動をしていた)。
なんでもかんでも(この場合はペットボトルを)助けようとしたら、自分が壊れてしまう。
道に落ちているゴミを見て、拾う時もあれば、拾わない時もあるのは自分のため。
自分が「これくらいならやってもいいかな」と思う程度のことをやるだけだ。
近所を散歩していて目についたゴミを全て回収しようなんてのは、自分のキャパシティを超えた行動であり、思い上がりだものな。
という言い訳をしつつ、スーパーで買い物をした。
うむ、我ながら強くなったもんだ。いいぞ。
ただの日記・・・
傘は要らないがパラパラ雨が降っている。
メガネユーザーには厄介なもので、外出の予定があったが少し待つ。
その後、見事に雨を回避して買い物ができた。やったね。
チョコラBBに続き、エビオス錠(2,000錠入り)を使い切った。

使い切るのに1年半以上かかってしまった。
揚げ物を食べた時や、体調不良時の栄養補給などでしか飲まないし、1回10錠はともかく、1日30錠も飲まないしな。
吸湿などで品質が劣化したかもしれないが、使用期限内なのでセーフだろう。知らんけど。
15年くらい使っているOAタップをようやく手放す時が来た。

OAタップの寿命は3~5年らしい。
発火や接触不良などが起こらなくて良かった。
今までありがとう。
サプリメントや衣類などもそうだが、古いものが続々と無くなってきている。いい傾向だ。