趣味の話。
真面目なことを真面目に考える話。
一昨日くらいから、シミュレーションゲームのプレイ動画を見ることが増えた。
マインクラフトは無料体験版が遊べず断念したが、シムシティはスマホ版があったので遊んでみた。
プレイヤーが神の視点で街を作っていくシミュレーションゲーム。

少しずつ成長するという点ではRPGにも似ているが、プレイヤーが強くなるのではなく、できることが増えていく。
なるほどこれは凄まじい中毒性だな。
リソースを使用して拡大再生産していくボードゲームは楽しいものな。ドミニオンとか。
ボードゲームと違って上限が見えないのが危うい。
マージブロック(2→4→8のように、数字のブロックを重ねていくパズルゲーム)にハマっていた時を思い出した。
小さい頃によく遊んだゲームは、私はドンキーコングのようなアクションゲームや、パネルでポンのようなパズルゲームが多い。
ゲームクリアが分かりやすく、このステージをクリアしたら終わろうという形になりやすい。
しかしRPGゲームやシミュレーションゲームは止め時が分からない。というか無い。
そういえば、学校を休んでまでRPGゲームにハマっていたクラスメイトが居たっけな。
小学生時代にこれらのゲームに出合わなくて良かったと思う。
いやFF5は途中で進めなくなって放置したのだったか。
チョコボやトルネコなどのローグライクゲームや、人生ゲームなど「毎回新しい刺激を得られるゲーム」にハマっていったのだが。
報酬系の仕組みは知らないが、ゲームを作る側は百も承知なのだろう。
プレイヤーに達成感を与える、出来ることが増える、視覚的にも街が発展するなどは間違いなく快楽だ。
しかし、私は飽きてきた。
資金が溜まりづらくなり出来ることが無くなってしまった。
ここで課金という分かりやすい罠があるのだが、そんな選択肢は始めから存在しない。
時間経過で資材を生産し、売ったり買ったりするしかない。
そして、やることが増えすぎたのも煩わしいと感じるようになった。
選択肢が多すぎたり、目標が遠すぎるとやる気が無くなる。ジャムの実験だっけな。
これは秋葉原に行くたびに散々思い知ることでもある。
何よりも、住民を増やす・快適な環境を作る・トラブルを解決するという「達成感の元」が、そうとは思えず、「(神の視点の)プレイヤーは住民の奴隷」だと思うようになった。
私は何をしているのだろう?
奴隷と言うならばゲームプレイヤーはゲーム制作者の奴隷か。まんまと遊ばせているわけだしな。
これ以上考えるとゲーム自体を嫌いになりそうなので、シムシティのアンインストールまでに留めておこう。
神様の気分で創造や破壊などを楽しめる一方で、大変さも経験できるということか。
そりゃあ神様も洪水を起こして一掃したくもなるわな。
シムシティはアンインストールしました。
色々な気づきをありがとうございました。
ただの日記・・・
最近の寒さで体調を崩したのか、口唇ヘルペスが来た。
もはやお馴染みなのだが、唇の上(鼻の下)に発症したのは珍しい。
カサブタになるのはいいが、治りかけて出血を繰り返すのはやめてくれ。
もう23時半だけど、白菜、小松菜、ほうれん草、しめじ、生姜のスープを作って食べてから寝よう。
昨日は21時に寝たのになあ。
4分の1カットの白菜だけでフライパンが満タンになってしまった。でも作る。
朝散歩で、おはようございますと声をかけたことを褒めてやる。
いいぞ私。その調子だ。調子に乗っていけ。
寝ている時の夢の話・・・
場所は、うどん屋とファミレスが隣接した商業施設。下にはバーもある。
そこでバイトをしており、壁の油汚れ落とす作業をしていた私。
掃除後に雑巾を置くところがなくウロウロしていた(なんでか男性声優さんが上司として出てきた)。
場所は屋外、街で迷子になる私。
グーグルマップが使えず、草むらや地割れなどが発生する地形がゲームのようだった(冷静に考えれば異常なのだが、そういうものと認識していたらしい)。
イスでうたた寝をした一瞬でも夢を見た。
弱虫ペダルの御堂筋くんがゴールするかどうかといったシーンで目が覚めた(私は何視点だったのだろうか)。