飲みきって牛乳パックを洗わない人、トイレットペーパーを交換しない人、交差点に花を添える人(全員嫌いです)

まじめに考える話。

 

飲みきって牛乳パックを洗わない人、トイレットペーパーを交換しない人がいる。

こういった人は嫌いだし、一緒に居たくないなと思った今日。

 

実家に居た頃、「牛乳パックの飲料は最後に飲みきった人が洗って干しておく」という暗黙のルールがあった。

私の弟はこれを避けるために、ちょっとだけ残しておくという小狡い真似をしていた。

これによって洗って干すという手間を避けられるわけだ。

 

同様に「トイレットペーパーを使い切ったら交換しておく」というのも、暗黙のルールというか常識だと思っている。

誰かがやるだろうと思って放置して、気づいた人がやることになるのは嫌だな。

シュレッダーのゴミ捨てなども当てはまるか。

 

話が少しズレるかもしれないが「信号機や交差点付近に添えてある花」も嫌いだ。

いや、花に好きだ。

私が嫌いなのは「花を不法投棄する輩」だ。

感情を抜きにすれば、信号機の根本に花を添えることは、生ゴミのポイ捨てと変わらない。

その場所で事故や事件が起こって、亡くなった方に対して花を添えたであろうことは分かる。

しかし、その後に枯れた花を適切に処分しているのだろうか(例えば1週間以内に回収するなど)。

時期や場所によっては虫がわいたりして不衛生になるし、枯れた花がずっとあるのは悲しいものだ(実際に見たことがある)。

それを見た歩行者やドライバー、そして花を添えられた側はどう思うのだろうか。

このように、その後のことを考えず、一時の感情で「花を添えた自分」に満足しているだけの輩が嫌いなのだ。

 

 

いずれにも共通するのは「自分だけ良ければ良い」ということだ。

なるほど、確かにそんな輩とは同じ空間に居たくない。

(私が一人暮らしをしたのは、実はそれも一因だったりするのか?いやまさかな。)

ちなみに弟は立派に(立派ってなんだ?)社会人をやっているので、周囲の人間に配慮するように思考や行動が変わったことだろう。そう思っておこう。

 

 

人類は集団で狩りをしたり、役割分担をしたりで今日まで生き残ってきたわけで、日本人は特に集団や共同体に属することが多いため、「自分以外のために」と行動することが当たり前になっている気がする。

村八分という状態も、葬儀や火事の世話だけはするものな(疫病や延焼により全体に迷惑がかかる可能性があるため)。

村十分(むらじゅうぶ)にならない。

 

 

うーむ、脱線したこともあって何やらまとまらなくなってきたな。

嫌いなのは確かなのだが、その理由を考えるのは明日にしよう。

夜は感情優位になってしまうし、何より眠いしな。

(多分)明日の記事へ続く。

  

 

ただの日記・・・

 

遅寝早起きの4時間半睡眠ができたと思っても、昼に眠くなる。

「睡眠が足りてないんだよ、ほら眠れ」と言わんばかりで、気絶や失神に近いが眠れるのは良いことだ。

体調を崩すと眠れなくなるものな。

今までの人生で不眠とはあまり縁が無かっただけに、眠れない状態というのは結構不安になるのだ。

 

アズールレーンの話・・・

 

ただでさえ強かったユニコーンに改造が実装された。

レアリティもSR→SSRになり、新スキルも完全上位互換。 

アズールレーンの改造実装キャラの前後を比較すると、身長や胸囲が大きくなるのが通例(?)だが、ユニコーンは背景のほう(ゆーちゃん)が大きくなったようだ。

元々結構大きかったものな。何とは言わないが。

 

ユニコーン、パーシュース、龍鳳の回復キャラが頼もしすぎる。

セイレーン作戦の海域ではオートで連戦できるので大変便利。

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